世界トイレの日

11月19日は「世界トイレの日」だそうだ。世界にはいまだに3人にひとりがトイレを使えない生活を送っているそうで、屋外で排泄することで不衛生になり、病気を引き起こす細菌が蔓延し、免疫力の低い子供などが下痢を発症し多くの命が失われている現実がある。そんな問題を世界のみんなで考え、少しでも改善していくためにと2013年に国連が毎年11月19日を「世界トイレの日」と定めたそうだ。この日が「世界トイレの日」となったのは、2001年11月19日に「世界トイレ機構」が創設され、「世界トイレサミット」が創設されたことを記念して毎年11月19日にトイレの問題を考えるイベントや取り組みが世界各国で行われるようになったことによるものらしい。

ユニセフは1946年に活動を開始して以来、世界中でトイレの作り方を伝えたり、トイレづくりに必要な必要な資材を届けているそうだ。またトイレの後の手洗いの普及など衛生的な生活についての知識を広める活動も展開しているという。日本ユニセフ協会では「マダガスカル水と衛生募金」という募金活動を行っている。この募金はマダガスカルの小学校でのトイレや給水設備の建設、衛生教育のために役立てられるそうだ。

当たり前のように使用しているトイレが、実は重要な役割を果たしているということを改めて感じた。今日ばかりはトイレについてじっくり考えてみよう。

手取り20万円、一年で100万円貯める方法

手取り20万円だけど、1年で100万円を貯めた人がいる?!

こんなことを耳にしたので、実際どのようにしたらいいのか調べてみた。

まず、正確な1か月の収入を把握する、100万円の目標金額を定めた際のゴールやご褒美を設定する、

そして、100万円貯めるには1か月でいくら貯金をするのかを計算すること。

大きく分けてこの3つ。

それと、口座を4つ作り、「出費(家賃・光熱費・通信費など)」「自己投資費」「娯楽費」「貯蓄」の4つに分散する。

そして、毎月ここからお金を使っていく。

貯蓄の口座のお金は使わないということは必ず守りましょう。

次に、タダをフル活用して、無駄なものは買わない!

特に必要がないのにウィンドウショッピングをしたりするのはやめよう。

そして、500円貯金術を使う。実際、かなり貯まります。

お釣りなどで500円をもらったときは使わずに貯金箱に入れるようにする。

この方法も効率よく貯めることが出来るのでお勧め。

今日から実践して1年で100万円を目指そう。

 

酒造免許

日本では酒税法によって、アルコール度数1度以上の酒を製造する場合、届け出が必要で、地元の税務署長の免許を受けることを義務付けられている。違反した場合は10年以下の懲役か、100万円以下の罰金が科せれれる。

免許は種類別、品目別になっている。ウイスキーを作るにはウイスキー製造免許、ブランデーを作るにはブランデー製造免許を取得する。免許を受けた品目と異なる品目の酒類を製造したい場合は、改めてその品目の免許を受ける必要がある。

ただし、神社などの濁酒や、個人で楽しむ果実酒など販売を目的としないものに関しては適用外となる。

結構長生き

魚は結構長生きですね。

平均寿命を調べてみました。

コイは120年(200年以上生きたコイもいるそうです。
うなぎは50年、オヒョウ40年、マダイ30年、ヒラメ20年、
イシダイ20年、イサキ20年、イトウ20年、マグロ15年、

ヘラブナ数十年、イシガレイ10年(雄)~15年(雌)、
ズワイガニ13年、 ブラックバス10年、スズキ10年、
マコガレイ10年、トラフグ10年、なまず10年、クロソイ10年、
アンコウ10年、シロギス10年、オニヒトデ8年、ブリ7年、
カサゴ7年、かつお7年、アイナメ7年、マサバ7年、
マイワシ7年、ブダイ7年、ニジマス7年、タチウオ6年、
マアジ5年、ボラ5年、イワナ5年、サクラマス4年、
サツキマス4年、ハゼ2年、アユ1年、アオリイカ1年、
コウイカ1年、ヤリイカ1年、ケンサキイカ1年、
マダコ1年、ワカサギ1年

ホーリー

馬は鼻呼吸しかできないのだという。

だから馬は運動をした後、非常に鼻息が荒くなる。これはかなりしんどい事だろうと思う。

走った後に鼻でしか呼吸できない、と想像すると本当に怖い。

心臓がバクバクして動機が止まらない、というのがよく分かる。

そう考えると馬は凄いと思う。人間で考えると大変だと考えてしまう。

人間ではとてもできない事だ。競走馬も大変なんだな、と思う。

卓越

 世の中にはいろんな宗教があって、いろんな神様仏様が存在する。

どの神様仏様も、万事を卓越していたり、全知全能だったり、悟りに達していたりして、一言でいうとすごい。宇宙スケールですごいと心から思う。すごすぎて、よく分からない。

ただ、それだけすごい存在なのに、どの神様仏様も、人類にだけ罰とか試練とか助けとか赦しとか、いろんなことをチマチマお与えになるのが不思議でならない。卓越して全知全能で悟りに達しておらえるような存在であれば、人間なんかにそうそう構ってられないんじゃないだろうか。もっとドーンと構えておられてしかるべきではないだろうか。

人類が核戦争を起こしたところで、天のうえの神様仏様はちっとも興味なくて、「あ、そう。それより昼寝がしたいわい」みたいな反応かもしれないし、本当に全知全能であればこそ、そういった卓越した態度でいらっしゃるような気がするのだけれど。

思い出したくない

黒歴史、というものは誰にでもあるだろうか。

特に中二病と呼ばれる現象について。

しかしいつかは、そこから解放されるのだろう。

何であの時あんな事やったのか、と思って消したい様な感覚だと思うが、何とかなるもので。

時間が解決するものなのだろう。

なかなか難しいものだな~。いつかは分かるか。

時間が戻せるなら、戻って訂正したい様な事がいくつもあるのが普通なのだろう。

それが出来ないからこその黒歴史なのだ。しかしその場に居る他の人にとっては面白い事かもしれない。それなら、笑いを提供したという事で良いのだろう。感受性の強さこそが、難しい年ごろになってしまうのだろう。

 

ジュンスカ

ツイートで過激なファン批判をしたのが、ジュンスカの人。

「ライブの空気をぶっ壊す奴は来なくていいよ!とにかく!いらない!チケットなんか売り切れなくていいんだ!その日を分かち合える楽しめる奴と楽しみたい!最前列のキップなんてクソだよ!最高な音楽の響きは最前列じゃない!最前列にしか価値を見出せない奴はもう来なくていいよ!俺はアイドルじゃない!」

など、数回に渡って激怒ツイ―ト。

これ見てて思ったけど、普通に酔っぱらってたんじゃないか。

じゃなかったら、公の形でいくらなんでもここまでしないだろう。

しかも、そのファンがした事というのが、実はそんなに大したことでもなかった様なのだ。

譜面台があった為に、そのジュンスカの人の顔が見えない、と最前列のファンがスマホでツイ―トした、とかそういう話だった。

そんなんでそこまでしなくても・・・

フライングキッズ

90年代の特に前半、ダンサンブルなナンバーでカッコ良いバンドがあった。

フライングキッズだ。

1989年3月4日TBSのバンドオーディション番組「平成名物TV・三宅裕司のいかすバンド天国」に出場、キングであったGENを倒して3代目イカ天キングとなる。その後、4週連続勝ち抜き、4月8日放送分ではワールド・ミュージック風の楽曲を引っさげて挑んできたチャレンジャーのKUSU KUSU(楽曲は「オレンヂバナナ」)を倒して5週勝ち抜き達成、初代グランドキングとなり、シングル「幸せであるように」でメジャーデビューした。
初期にはファンクミュージックを前面に出した曲を中心に、1994年頃からは「恋の瞬間」「風の吹き抜ける場所へ」「とまどいの時をこえて」等ポップ路線を取り入れていった。その後も「暗闇でキッス〜Kiss in the darkness〜」「ディスカバリー」などのスマッシュヒットを連発した。

一度解散し、再結成している様だ。

 

軍事貴族

寛平・延喜年間(9世紀末期から10世紀初期)になると、坂東において、中央へ進納する官物を強奪するといった「群盗蜂起」が頻発した(僦馬の党・寛平・延喜東国の乱)。朝廷はこれに対処するため、受領(現地国司の最高位者)に広範な軍事上の裁量権を認める制度改革を行った。具体的には、単に兵動員を許可する「発兵勅符」に代わって群盗を積極的に鎮圧しようとする「追捕官符」を発出するとともに、国単位で押領使・追捕使を任命して、国内の武勇者を国衙・押領使・追捕使の指揮下に入ることを義務づけたのである。

この軍制改革は、地方に権限を移譲するという意味で、まさに当時その緒についていた王朝国家体制への転換改革と軌を一にするものだった。

この時期に群盗追討で名を馳せたのが、平高望、源経基、藤原利仁、藤原秀郷ら、没落した下級貴族である。彼らがこうした軍事力を発揮出来た背景には、彼らの父祖の世代が受領に任ぜられた際、狩猟文化を背景に持つ俘囚の武芸を学んでおり、それを基礎とした新式の武芸を編み出していたとする説(下向井龍彦)が唱えられている。彼らは国司や押領使として勲功を挙げるとともに、赴任した地方に土着して国衙から公田経営を公認されるなど、自らの軍事力を維持出来るだけの経済基盤を築いた。しかし、朝廷の彼らに対する処遇は必ずしも彼らが期待したほどではなく、彼らの間には次第に不満が蓄積していった。940年(天慶3年)前後に発生した承平天慶の乱は、このような不満の実体化であった。この乱の叛乱側、追討側のいずれも、延喜期に勲功を挙げた者たちの子孫であったのだそうだ。